2011年3月11日、東日本大震災の起きたあの日、私は東京で暮らしていました。

東北で暮らしていた義父の家も経営していた病院も津波で流され、私たち一家は深刻な状況にありました。

私の暮らしていた地域では人的被害はなかったものの、計画停電がおこなわれることになりました。3月とはいえ東京の夜はまだ寒く、どんどん暗くなっていくうちに私は不安な気持ちに駆られました。

暗い部屋のなかで、厚着をした私は家にあったアロマキャンドルに火をともしました。プリザーブドフラワーの入ったローズの香りのキャンドルです。柔らかな光がともり、ふんわりとしたバラの香りがリビングに広がりました。

しばらくすると肩の力が抜け、体が温かくなっていくのが分かりました。

ろうそく一本で室温は大して上がるものではないでしょうが、小さな光のもとで香る優しいバラの香りは力強くもあり、確かにぽかぽかと体を温め、気持ちをほぐしていくのが分かりました。

私はこの時、震災以降初めて涙を流しました。仕事中大きなゆれに見舞われた時も、電車が止まり、歩いたことのない夜の道を何kmも歩いた時も、電話が止まり誰とも連絡が取れなくなった時も、私は大丈夫、と自分に言い聞かせていたのに。しばらく涙を流すうちに、私はこの香りに癒されていることに気づきました。

調べたところ、バラの香りには心を癒し、穏やかに元気を取り戻してくれる作用があるそうです。

特に傷つけられ、自分へ自信がなくなってしまったとき、もう一度受入れる手助けをしてくれるとのこと。

孤独感や失望感を和らげ、幸福感をもたらしてくれる、愛の本質を知ることで、自分と他人への信頼感をよみがえらせてくれるともあります。

その後、私は当時の夫と「ろうそくなんかつけて、お誕生日会みたいね」「いろいろなくなったけど、お父さん生きてて良かったね」と笑いあいました。

数日後、夫は仕事で被災地へと旅立っていき、私は一人になりました。電気は復旧しましたが、私は夜になるとアロマキャンドルをともし続けました。夫が帰ってくる頃にはキャンドルはほとんどなくなっていました。その間、私はほのかなバラの香りから心強さや勇気、そして何よりも癒しをもらっていたのです。

香りは記憶に宿ります。私はローズアロマの香りをかぐと、震災を乗り越えた自信や、自分が生かされていることの感謝の気持ちを思い出します。